メモ書き日記、思考
①学習について
本日は少々肌寒い。英語、数学、物理学の学習を朝より行う。高校生の時は全く勉強をしなかった。ちょっとでも気を抜くと全くついていけなくなった。しかし、今の時代は素晴らしい。ネットや参考書は大きな武器となり、無知な私でも独学で理解できるようになった。(受験はダメだったが。来年は合格すると思う)
英語の学習のために購入した単語帳「ターゲット1900」だが、その進歩におどろいた。20年近く前の(そんなに立つのか・・・)ターゲットを引っ張り出し「どうせ変わらないだろう」と思ったが、どうも、引っかかる。頻出単語は変わっているのではないか?今の方がわかりやすいのではないか?そんなに心配するくらいなら購入し心配を解消した方が得策である。
購入後、驚いた。
今はネットからダウンロード、または、音声ガイダンスで発音を確認できるではないか!
たしかに、医療でもレントゲン、CT画像も無料で見れるし、アプリを購入すれば骨格、筋肉、内臓を360°どの角度からも、その箇所を詳細に見ることもできる。
参考書もここまで進んでいるとは・・・。
では学校の存在意義はどうなるのだろうか?学習以外のものを学ぶためか?それならば学校でなくてもいいのではないか?
それはさておき。
20年前の単語帳に書き込んだ平仮名発音にどれだけ苦労したか。テクノロジーの進歩により無駄な努力であったとわかる。新しい世代はやろうと思えば、どんどん新しい知識を自ら増やすことができるのだろう。(格差問題もあるが)
②カントについて
夜はカフェでカント哲学を簡略化した書籍を読みカントのすばらしさ、驚愕の天才ぶりが分かった。ただ、あとがきで原文が出てきたが、意味が分からない。じっくり読むとしよう。
③仕事について
派遣で施設での夜勤か、正社(職)員での精神科か迷ってしまう。お金はトータルすると後者がいいだろう。勉強となるのは精神科であろう。思索を深めるのも。しかし、前者も後者もノイズ(人間関係、古めかしい職場伝統etc・・・)が大きいと疲れてしまうのでやはり環境か?
④自分自身のこと
カントは「自分がなにかわからない」と言っていたらしい。私も「自分がなにかわからない」である。カントの意図はわかないが意識とは何だろう。私という現象はなんだろう。そういえば、宮沢賢治も春と修羅で同じようなことを書いていたっけ?